大津地方裁判所 平成2年(行ウ)6号 判決 1994年8月08日
大津市月輪三丁目四番三号
甲事件原告
木村保彦
大津市一里山三丁目一二番一六号
乙事件原告
山下ユリ子
右同所
丙事件原告
山下幸治
右原告ら訴訟代理人弁護士
豊島時夫
同
道下徹
大津市中央四丁目六番五五号
甲、乙、丙事件被告
大津税務署長 中村進郎
東京都千代田区霞が関一丁目一番一号
甲事件被告
国
右代表者法務大臣
前田勲男
右被告両名指定代理人
小野木等
同
竹田優
同
山下和正
同
山中勢太郎
同
吉原伸義
同
浅田洽爾
同
関山輝
主文
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一請求の趣旨
一 甲事件
1 被告国は、原告木村に対し、九七七万六八〇〇円及びこれに対する昭和六三年七月一八日から支払済みまで年七・三パーセントの割合による金員を支払え。
2 被告大津税務署長が昭和六三年八月二日付けでした原告木村の昭和五八年分所得税の重加算税賦課決定処分(ただし、審査裁決により一部取り消された後のもの)を取り消す。
二 乙事件
被告大津税務署長が平成元年三月七日付けでした原告山下ユリ子の昭和五八年分所得税の更正処分及び重加算税賦課決定処分を取り消す。
三 丙事件
被告大津税務署長が平成元年三月七日付けでした原告山下幸治の昭和五八年分所得税の更正処分及び重加算税賦課決定処分(ただし、いずれも異議決定により一部取り消された後のもの)を取り消す。
第二事案の概要
原告らは、それぞれ自己の所有する不動産をカネボウ不動産株式会社(当時の商号は鐘紡不動産株式会社)に譲渡したが、その際、カネボウ不動産が右譲渡によって原告らに課される租税を負担する旨が約され、更に所得税の確定申告の手続きがカネボウ不動産側の司法書士に委ねられた。ところが、それらの確定申告に不正な点があったため、原告らは、いずれも更正処分や重加算税賦課決定処分を受けるなどした。
本件は、原告らが、右処分の違法を主張するなどして、誤納金返還や右処分の取消しを求めた訴訟である。
一 争いのない事実等
1 (原告木村について)
(一) 原告木村は、給与所得を得るほか、農業を営む者である。
原告木村は、昭和五八年三月、カネボウ不動産との間で、自己が所有する別紙物件目録一記載1及び2の土地を五六四五万円でカネボウ不動産に譲渡するとともに、カネボウ不動産が小幡貞子から譲り受けた別紙物件目録二記載の土地を代替地として3645万円で譲り受け、カネボウ不動産はその差額二〇〇〇万円を支払うほか、右二〇〇〇万円にかかる公租公課を負担する旨の合意をした(甲<5>四、乙<5>六、七、原告木村)。
(二) 原告木村は、昭和五九年三月ころ、右の土地譲渡に関連して、昭和五八年分の所得税の確定申告の手続きを、カネボウ不動産側の司法書士松本善雄に依頼した。
昭和五九年三月一五日、別表一1及び2の「分離課税確定申告」欄のとおり記載された原告木村名義の分離課税用の確定申告書(以下「本件確定申告書一」という)が、松本から全日本同和会京都府・市連合会(以下「同和会」という)を経由して、被告大津税務署長に提出された。
本件確定申告書一には、株式会社ワールドが有限会社同和産業に対して負っていた借入金債務五〇〇〇万円について、その保証人になっていた原告木村がそのうち三七〇〇万円を弁済したが、ワールドに対する求償権を行使することができなかったため、所得税法六四条二項の適用を受ける旨が記載され、その旨の資料が添付されていた。しかし、そもそも原告木村が右連帯保証契約を締結した事実はなく、同和会が架空の債務を計上し、虚偽の事項を記載する方法で不正な申告書を提出したものである。
(三) 他方、原告木村は、同日、別表一1の「一般確定申告」欄のとおり、自己の給与所得についてのみ、確定申告を行った。
(四) 原告木村は、昭和六三年六月一七日、別表一1及び2の「修正申告」欄のとおり記載した修正申告書を提出し(以下「本件修正申告」という)、同日、本件修正申告にかかる所得税の本税額七四五万九九〇〇円と延滞金二三一万六九〇〇円との合計金額九七七万六八〇〇円を納付した。
(五) 被告大津税務署長は、原告木村に対して、同年八月二日付けで、本件修正申告により納付すべき税額について、重加算税の金額を二二三万五〇〇〇円とする賦課決定をした(以下「本件賦課決定処分一」という)。原告木村は、別表一1のとおり、右賦課決定について異議を申立て、異議決定・審査請求を経た後、国税不服審判所長は、平成二年七月九日、別表一1の「裁決」欄のとおり、過少申告加算税の金額を二五〇〇円、重加算税の金額を二二二万円とする、原決定一部取消しの裁決をした。
(六) なお、昭和六〇年ころ、同和会が右(二)と同様の不正な手段で多数の納税者の所得税や相続税を免れていた事犯が檢擧され、原告木村の近隣居住者の木村喜久治や中村春造らが、脱税事犯の嫌疑により身柄を拘束されたり起訴されたりした。
2 (原告山下ユリ子、山下幸治について)
(一) 右原告二名は、昭和五七年五月ころまでに、カネボウ不動産との間で、原告山下ユリ子が所有する別紙物件目録三記載1の土地及び原告山下幸治が所有する別紙物件目録三記載2の土地(これらを併せて、以下「本件土地三」という)を、カネボウ不動産が中村春造所有の別紙物件目録四記載の土地(以下「本件土地四」という)を取得するに当たって同人に提供する代替地として、総額二九三二万五〇〇〇円で譲渡する旨の合意をした。
(二) 更に、右原告二名は、昭和五八年一〇月一〇日、カネボウ不動産との間で、右の売買を原因として所得税、住民税が賦課された場合には、カネボウ不動産が負担する旨の合意をし、昭和五九年三月上旬ころ、松本に、昭和五八年分所得税確定申告の手続きを委任した。
昭和五九年三月一五日、別表二1及び2並びに別表三1及び2の「確定申告」欄のとおり記載された右原告二名名義の分離課税用の各確定申告書(これらを併せて、以下「本件確定申告書二及び三」という)が、いずれも松本から同和会を経由して被告大津税務署長に提出された。
本件確定申告書二及び三には、株式会社ワールドが有限会社同和産業に対して負っている借入金債務三〇〇〇万円について原告山下ユリ子が、同じく一〇〇〇万円について原告山下幸治がそれぞれ保証人となり、原告山下ユリ子がそのうち二一〇〇万円を、原告山下幸治がそのうち六〇〇万円をそれぞれ弁済したが、いずれもワールドに対する求償権を行使することができなかったため、所得税法六四条二項の適用を受ける旨がそれぞれ記載され、その旨の資料が添付されていた。しかし、そもそも右原告二名が右連帯保証契約を締結した事実はなく、同和会が架空の債務を計上し、虚偽の事項を記載する方法で不正な申告書を提出したものである。
(三) 被告大津税務署長は、平成元年三月七日付けで、原告山下ユリ子に対して、右土地譲渡にかかる分離短期譲渡所得の金額を別表二2の「更正処分」欄のとおり一七九八万七八〇〇円と認定した上、別表二1の「更正処分等」欄のとおりの内容の更正処分(以下本件更正処分二」という)及び重加算税賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分二」という)をし、また、同日付けで、原告山下幸治に対して、右土地譲渡にかかる分離短期譲渡所得の金額を別表三2の「更正処分」欄のとおり五九三万七二〇〇円と認定した上、別表三1の「更正処分等」欄のとおりの内容の更正処分(以下「本件更正処分三」という)及び賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分三」という)をした。
原告山下幸治が申し立てた本件更正処分三及び本件賦課決定処分三に対する異議について、被告大津税務署長(異議審理庁)は、同年一二月七日、取得費に計算の誤りがあったとして、別表三1の「異議決定」欄のとおりの内容の異議決定処分をした。
二 原告らの主張
1 (原告木村について)
(一) 原告木村は、本件確定申告書一の作成・提出に関与しておらず、カネボウ不動産側が松本に正当な申告手続をさせ、納税すべき税金を正当に支払うものと信じていた。
原告木村は、昭和六三年六月六日、大津税務署において本件確定申告書一を見せられてはじめて、不正な自己名義の確定申告書が提出されていることを知った。
その際、統括国税調査官は、原告木村に対し、原告木村が松本に本件確定申告書一の作成を委任したのであり、委任した以上その不正申告について責任があるので、修正申告書を同年六月二四日までに提出し、納税を済ませるように強く要求ないし指示するとともに、右指示に従わなければ、木村喜久治や中村春造のように身柄を拘束されたり起訴されるかもしれない旨や、差押えをする旨述べた。
(二) (誤納金返還請求について、本件修正申告の無効・取消し)
(1) (詐欺・強迫・錯誤)
<1> 本件確定申告書一中の虚偽事項は、松本が原告木村と全く関係のない同和会と意を通じて無断で記載したものであり、原告木村に刑事責任を問うことはできず、また、当時には同和会に関連した脱税事件の搜査が終了していたにもかかわらず、右(一)のとおり、統括国税調査官が刑事処分をほのめかしたことは、詐欺・強迫に当たるから、原告木村は本件修正申告の意思表示を取り消す。
<2> また、被告大津税務署長は、昭和六三年六月当時、昭和五八年分の申告期限である昭和五九年三月一五日から三年を経過しているから、国税通則法七〇条一項により、当時既に更正処分を行うことができず、差押えをすることもできなかった。それにもかかわらず、右(一)のとおり、統括国税調査官が差押えをする旨述べたことは、詐欺・強迫に当たるから、原告木村は本件修正申告の意思表示を取り消す。また、原告木村は、右統括国税調査官の説示により、被告大津税務署長が更正処分をすることができるものと誤信し、錯誤に陥った。
なお、原告木村は、松本に正当な申告を委任した。本件確定申告書一中の虚偽事項は、原告木村に無断で記載されたものであり、その効果は原告木村に及ばないから、本件に国税通則法七〇条五項は適用されない。
(2) したがって、本件修正申告は無効であり、原告木村が本件修正申告によって納付した九七七万六八〇〇円は誤納であるから、被告国は不当に利得した右金員を返還する義務がある。
(三) (本件賦課決定処分一の違法性)
(1) 重加算税は、本税を納付すべき場合に生じるものであるところ、右(二)(1)<2>のとおり、国税通則法七〇条一項により、原告木村には本税を納付すべき義務はない。
(2) 原告木村は、松本に正当な申告を委任した。本件確定申告書一中の虚偽事項は、原告木村に無断で記載されたものであり、その効果は原告木村に及ばないから、原告木村が本件確定申告書一の作成・提出をしたことを前提とする本件賦課決定処分一は違法である。
(3) 本件修正申告により納付すべき税額七四〇万二〇〇〇円のうち五万九九二〇円の部分については、隠ぺい・仮装に当たらないので、右の差額が重加算税の基本となるべきである。
2 (原告山下ユリ子、同山下幸治について)
(一) (本件更正処分二及び三について)
国税通則法七〇条一項により、本件更正処分二及び三をすることはできない。
なお、右原告二名は、松本に正当な申告を委任した。本件確定申告書二及び三中に虚偽事項を記載したのは、代理権の範囲を越えた権限踰越の行為であり、その効果は右原告二名に及ばないから、本件に国税通則法七〇条五項は適用されない。
(二) (本件賦課決定処分二及び三について)
(1) 重加算税は、本税を納付すべき場合に生じるものであるところ、国税通則法七〇条一項により、右原告二名には本税を納付すべき義務はない。
(2) 右原告二名は、右(一)のとおり、本件確定申告書二及び三での仮装・隠ぺいに関わった事実はない。
三 被告らの主張
1 (原告らの主張1(二)(1)について)
本件担当の職員が、木村喜久治や中村春造等の具体的な個人名を口に出して、原告木村が逮捕されるかも知れないと危惧させるようなことを述べた事実はない。
2 (原告らの主張1(二)(1)<2>、(三)(1)、(三)(2)、2について)
(一) 争いのない事実等1(二)、2(二)のとおりの事情があるので、本件については、重加算税の賦課要件が認められ、かつ、国税通則法七〇条五項により、昭和五八年分の所得税の法定申告期限(昭和五九年三月一五日)から七年を経過する日まで、更正決定をすることができる。
納税者から納税申告書の作成・提出の依頼を受けた第三者が、隠ぺい又は仮装を用いて納税申告をした場合に、その隠ぺい又は仮装について納税者が知らなかったとしても、重加算税の賦課要件を充足し、その場合には納税者に国税通則法七〇条五項にいう「偽りその他不正の行為」があったといえる。
(二) (原告木村について)
仮に、隠ぺい又は仮装について納税者の認識を要するとしても、原告木村には、争いのない事実等1(二)記載の隠ぺい又は仮装について、少なくとも未必の認識があったというべきであり、また、次のとおり、右不正の一部については認識があった。
(1) 二〇〇〇万円にかかる税金の負担については裏金で処理することが予定されており、右税金負担についての隠ぺいの意図があった。
(2) 二〇〇〇万円にかかる公租公課に相当する金員(約一〇四万円)を負担することが土地譲渡契約の一部であり、右公租公課を含んだ約二一〇四万円の譲渡価額を二〇〇〇万円に仮装することを認識していた。
(三) (原告山下ユリ子、同山下幸治について)
カネボウ不動産は、右原告二名に対し、本件土地三と本件土地四とを等価交換したことにして所得税法五八条(固定資産の交換の場合の譲渡所得の特例)一項を適用し、右原告二名の右交換にかかる譲渡所得について非課税にし、更に、右原告二名が右交換で取得した本件土地四を一年後にカネボウ不動産に譲渡する形にし、租税特別措置法三四条の二(特定住宅地造成事業等のために土地等を譲渡した場合の譲渡所得の特別控除)二項三号に該当するとして、一人当たり一五〇〇万円の特別控除を受けることにより、同土地の譲渡にかかる譲渡所得について税金がほとんど課されないようにすることを考え、右外形を整えるための諸手続について、右原告二名に協力を求めた。
右原告二名は、本件土地四を交換取得する意思は全く無かったにもかかわらず、カネボウ不動産の右要求に応じ、交換契約書を作成するなどして交換契約を仮装した上、本件確定申告書二及び三において、所得税法五八条一項の適用を受ける旨の申告をした。
したがって、右原告二名については、右(一)の点をおくとしても、重加算税の賦課要件が充足されており、かつ、国税通達法七〇条五項の適用を受ける。
3 (原告らの主張1(三)(3)について)
昭和五八年分の所得税について、原告木村名義の確定申告書が二通提出され、一方では還付金相当額三二万三三二〇円が、他方では納付税額二六万五四〇〇円が申告されている(争いのない事実等1(二)、(三)。別表一1の「確定申告」欄の<10>)。そうすると、右金額を合算し、一体として還付金相当額五万七九二〇円(△323,320+265,400=△57,920)が確定申告されたことになる。したがって、本件修正申告での申告納税額七四〇万二〇〇〇万円とマイナス五万七九二〇円との差額である七四五万九九二〇円(7,402,000-△57,920=7,459,920)に対し、過少申告加算税又は重加算税が課されることになる。
ところで、右二通の確定申告書のいずれにも基礎控除がされているから、基礎控除が重複しないように計算しなおすと、その納税額は二〇〇〇円となる(本件確定申告書一で申告された分離長期譲渡所得一六二万七五〇〇円に対する所得税額は三二万五四〇〇円であるところ、右に別表一1の「一般確定申告」欄<7>に記載のとおりの申告税額を加え、更に同欄<9>に記載のとおりの源泉徴収税額を引き〔325,400+117,600-440,920=2,080〕、その一〇〇円未満を切り捨てた金額〔国税通則法一一九条四項〕)。そうすると、七四五万九九二〇円のうち、二〇〇〇円と確定申告税額マイナス五万七九二〇円の差額である五万九九二〇円については、隠ぺい又は仮装されていないものと解されるから過少申告加算税を、残額七四〇万円については重加算税をそれぞれ賦課すべきこととなる。
四 争点
1 (原告木村について)
(一) 原告の主張1(二)(1)<1>の事実があったか。
(二) 本件確定申告書一において、原告木村の隠ぺい又は仮装行為が認められるか。
(三) 原告の主張1(三)(3)のとおり、重加算税の計算に誤りがあるか。
2 (原告山下ユリ子、同山下幸治について)
本件確定申告二及び三において、右原告二名の隠ペイ又は仮装行為が認められるか。
第三争点に対する判断
一 争点1(一)について
証拠(原告木村、証人船越)によれば、昭和六三年六月六日に大津税務署で統括国税調査官であった船越肇と原告木村とが話をした際に、脱税事犯で刑事責任を問われていた木村喜久治や中村春造の名前が出たことが認められる。しかし、他方、右証拠によれば、船越が原告木村に対して修正申告書の提出を強く求めた事実や、木村喜久治や中村春造のようになるぞと強く言った事実はないことが認められ、また、船越の側から木村や中村の名前が出たことを認めるに足りる証拠はない。そうすると、船越が刑事処罰を故意にほのめかして、原告木村を畏怖させ又は虚構の事実を告げようとしたと認めることはできず、原告らの主張1(二)(1)<1>は、これを認めることができない。
二 争点1(二)、2について
1 原告らは、いずれも、納税申告手続を第三者に依頼した場合に、その第三者が隠ぺい又は仮装を用いて納税申告したからといって、納税者自身がその不正を知らないときは、重加算税の賦課要件を充たさず、かつ、国税通則法七〇条五項の適用はない旨主張する。
しかし、納税申告義務は公法上の義務であり、第三者に申告手続を委任したことにより納税者自身が申告義務を免れるものとは解されないこと、また、納税申告については代理が認められているところ(国税通則法一二四条、税理士法二条一項)、代理人を利用することによって利益を享受する者は、それによる不利益も原則として甘受すべきであると解されることを考慮すると、納税者から納税手続の依頼を受けた第三者、即ち履行補助者(履行代行者)により隠ぺい又は仮装が行われた場合にも、原則として、重加算税の賦課要件を充たし、かつ、国税通則法七〇条五項のいう不正の行為の要件を充たすと解するのが相当である。
ところで、原告らがそれぞれ司法書士である松本に確定申告手続を委任したこと、及び、所得税法六四条二項の適用を受けるために仮装が用いられ、それに基づいて同和会が虚偽の記載をした本件確定申告書一ないし三を提出したことについては、当事者間に争いがない(争いのない事実等1(二)、(2))。
また、証拠(甲一、二、五ないし七、乙一ないし六、一〇、一一)によれば、以下の事実が認められる。
(1) 松本は、昭和五五年ころから同和会副会長村井英雄から測量や登記を依頼されるようになっていたが、昭和五六年七月ころまでに、村井や同和会事務局長長谷部純夫、同事務局次長渡守秀治から、相続や土地の売買等で税金を納める場合に、同和会を通じて申告すれば、税金が半額以下で済むので、納税で困っている人があれば紹介してほしいという依頼を受けた。当時、松本は納税額が半額以下になる理由について詳しい説明を受けなかったが、同和会と税務署が交渉した上で納税額が決定されるのであり、税額の半分を同和会に寄付してもらえば、同和地域改善事業に使われるため、納税額が低くなるという説明を聞いて納得していた。
(2) その後、松本は二、三人を同和会に紹介したが、昭和五七年末ころまでに、長谷部から、納税義務者が他人の債務を保証した旨の仮装をし、主債務者に代わって土地売買代金を返済に当てたものとして申告することによって納税額が低くするとの説明を受けた。
(3) カネボウ不動産は、昭和五五年ころから瀬田月輪団地の宅地開発に乗り出し、昭和五七年末ころまでには大部分の用地を買収できたが、原告らを含む一部の土地所有者は売却を拒み、土地の譲渡により納めるべき公租公課をカネボウ不動産が負担することを条件に買収に応じる旨を提案していた。これらの者に課される納税額は合計一億四三〇〇万円にのぼり、カネボウ不動産ではその対応に苦慮していたが、松本は、カネボウ不動産の担当者山中隆雄に納税額を低くする方策として同和会を紹介し、カネボウ不動産は、昭和五九年一月ころまでに、同和会に原告らの不動産譲渡にかかる所得税等の申告手続を依頼することにした。
(4) カネボウ不動産は、昭和五九年三月九日ころ、同和会に七〇〇〇万円を右申告手続に関する寄付として支払い、同和会は、本件確定申告書一ないし三を被告大津税務署長に提出して申告手続を行った。
以上の事実が認められ、右事実によれば、本件確定申告書一ないし三における仮装及び虚偽記載について、松本が事情を知っていたことは明らかである。
そうすると、原告らの履行補助者である松本が原告らの昭和五八年分の所得税の確定申告について仮装を用いたことになるから、重加算税の賦課要件は充たされており、かつ、国税通則法七〇条五項により、その法定申告期限(昭和五九年三月一五日)から七年を経過する日まで、更正決定をすることができると解される。
2 もっとも、受任者が隠ぺい又は仮装を行った場合でも、(a)その受任者の選任・監督について納税者に過失がないとか、(b)納税者が正当な税額の納税をする意思でそれに相当する額の金銭を受任者に現実に交付したのに、受任者がこれを着服横領して自分の利益を図ったといった特段の事情がある場合には、納税者自身にそれによる不利益を課することは相当でないと解する余地もある。
しかし、以下のとおり、原告らにはいずれも右のような特段の事情が認められず、重加算税の賦課及び国税通則法七〇条五項の適用を否定すべき事情はない。
(一) (原告木村の無過失について)
まず、原告木村から直接に確定申告の依頼を受けた松本は司法書士であり(争いのない事実等1(二))、本件全証拠によっても、同人が税務に詳しいと信じるべき事情はなく、また、原告木村が、依頼に当たって、松本が他の税理士を介するなどして適切な確定申告をする用意をしているかについて、確認した事情も認められない。
次に、昭和六〇年ころ、同和会が本件と同様の手段で多数の納税者の所得税などを不正に免れていた事犯が檢擧され、原告木村の近隣居住者の木村喜久治や中村春造らが、脱税の嫌疑により身柄を拘束されるなどしたことについては、当事者間に争いがない(争いのない事実等1(六))。しかも、証拠(証人松本、原告木村)によれば、木村喜久治や中村春造らが逮捕されたころ、同和団体などによる脱税事犯が噂になったことから、原告木村が税理士に相談に行ったところ、税理士から人任せにしたことについて注意を受け、税務署に行って自己の申告内容について確かめるように助言されたことが認められる。
これらの事実を総合すると、原告木村には、右昭和六〇年当時、松本に依頼した自己の申告が適切に行われたかについて疑うべき事情があったことが認められるから、その際に自己の確定申告の内容を確認し、不正があれば、自ら修正申告をするなどして、事後であっても適切な申告手続をすべきであったと解されるにもかかわらず、証拠(証人松本、原告木村)によれば、原告木村が松本又は税務署に対して自己の確定申告の内容を確認したことは一度もないことが認められる。
以上によれば、被告らの主張(二)の当否にかかわらず、原告木村には、受任者である松本の選任・監督について過失がなかったとは認められず、他に右無過失を認めるに足りる証拠はない。
(二) (原告山下ユリ子及び同山下幸治の無過失について)
まず、右原告二名から直接に確定申告の依頼を受けた松本は司法書士であり(争いのない事実等1(二))、同人が税務に詳しいと信じるべき事情はなく、また、証拠(原告山下ユリ子)によれば、右原告二名が、依頼に当たって、松本が他の税理士を介するなどして適切な確定申告をする用意をしているかについて、確認しなかったことが認められる。
次に、証拠(乙一一、一二、乙<6>二ないし四、六、七、原告山下ユリ子)によれば、次の事実が認められる。
(1) カネボウ不動産が右原告二名に本件土地三を譲り受けたい旨を申し入れた際、カネボウ不動産側から、税金はできるだけかからないようにし、もし税金がかかった場合でもカネボウ不動産が負担する旨の話があった。
(2) その後、カネボウ不動産側は、右原告二名所有の本件土地三の土地と中村春造所有の本件土地四とを等価交換した形にして、右原告二名の譲渡所得を非課税とし、更に、右原告二名が交換により取得した同土地を一年間耕作したのちにカネボウ不動産に譲渡する形にして一人当たり一五〇〇万円の特別控除(租税特別措置法三四条の二第二項三号)を受けることを考え、右原告二名に対してその外形を整えるための諸手続について協力を申し入れた。
(3) 原告山下ユリ子は、右の申し入れの内容について税務署に相談に行ったところ、右の一五〇〇万円の特別控除についてカネボウ不動産側がした右説明に疑問を感じるに至ったため、カネボウ不動産に対し、土地譲渡が原因で所得税・住民税が賦課された場合にはその全額を負担する旨を書面で明確に約束することを求めた。カネボウ不動産は、右原告二名に対して、昭和五七年一二月一三日ころ及び昭和五八年一〇月一〇日ころの二度にわたって、税金をカネボウ不動産において負担する旨の書面を差し入れた。
(4) 右原告二名は、本件土地四を取得する意思がなかったにもかかわらず、昭和五八年一〇月二六日ころ、中村春造との間で本件土地三と本件土地四とを交換する旨の交換契約書を作成した。
これらの事実を総合すると、右原告二名は、カネボウ不動産の税金対策のあり方について疑問を感じていたにもかかわらず、取引の実態とは異なる交換契約書の作成に応じて、不正な確定申告をする余地を自ら作り出した事実が認められる。右事実によれば、右原告二名は、松本によって不適切な確定申告がされる危険があることを認識すべきであったと解されるにもかかわらず、証拠(証人松本、原告山下ユリ子)によれば、右原告二名が松本又は税務署に対して自己の確定申告の内容を確認したことは一度もないことが認められる。
以上によれば、右原告二名には、受任者である松本の選任・監督について過失がなかったとは認められず、他に右無過失を認めるに足りる証拠はない。
(三) (特段の事情(b)について)
右(一)(二)で検討したように、原告らはいずれも受任者の松本の選任・監督に過失がなかったとは認められないことを考慮すると、原告らとカネボウ不動産との間でカネボウ不動産が租税を負担する約束があったからといって、納税者が受任者に納税相当額を現実に交付した場合と同列に論じることはできない。
3 以上のとおり、原告らにはいずれも、重加算税の賦課要件及び国税通則法七〇条五項の不正の行為の要件が認められ、昭和五八年分の所得税の法定申告期限(昭和五九年三月一五日)から七年を経過する日まで、更正決定をすることができるから、原告らの主張1(三)の(1)及び(2)、2(一)、並びに2(二)の(1)及び(2)には理由がない。
また、原告木村の主張(二)(1)<2>については、原告木村が統括国税調査官から差押えをする旨告げられても、更正決定・差押えは可能であるから、虚偽の事実を告げられたことにはならず、詐欺・錯誤の主張には理由がなく、更に、差押えが可能である以上、統括国税調査官がその旨を告げたからといって、それが強迫に当たると解するべき理由はない。
三 争点1(三)について
被告の主張3のとおりであり、本件賦課決定処分一に不合理な点や違算は認められない。
四 以上によれば、原告らの請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 河田貢 裁判官 森木田邦裕 裁判官 川畑正文)
物件目録一
1 所在 大津市瀬田月輪町字小松原
地番 七三八番一
地目 畑
地積 四二六平方メートル
2 所在 大津市瀬田月輪町字小松原
地番 七三八番二
地目 田
地積 五三五平方メートル
物件目録二
所在 大津市月輪三丁目
地番 八二番二
地目 田
地積 八九二平方メートル
物件目録三
1 所在 大津市瀬田月輪町字山ノ神
地番 四〇五番一
地目 田
地積 九九〇平方メートル
2 所在 大津市瀬田月輪町字山ノ神
地番 四〇五番二
地目 田
地積 三〇一平方メートル
物件目録四
所在 大津市瀬田月輪町字中筋
地番 四二〇番
地目 田
地積 一四三一平方メートル
別表-1
昭和58年分の課税の経過及びその内容
<省略>
別表-2
昭和58年分の譲渡所得の計算
<省略>
別表二1
昭和58年分の課税の経過及びその内容
<省略>
別表二2
昭和58年分の譲渡所得の計算
<省略>
別表三1
昭和58年分の課税の経過及びその内容
<省略>
別表三2
昭和58年分の譲渡所得の計算
<省略>